2023年度 西千葉子ども起業塾イベントレポート


2023年7月30日(日)、 8月1日(火)、8月3日(木)、8月10日(木)の全4回で、「西千葉子ども起業塾2023」が開催されました。JFEスチール株式会社からの「JFEちばまつりに来てくれたお客さんを楽しませてほしい!」というミッションに応えるため、子どもたちが「会社」に分かれて企画・提案を行いました。

執筆者:猪狩はな 撮影:杵嶋宏樹

西千葉子ども起業塾とは?

「西千葉子ども起業塾」は、Seedlings of Chibaが主催し、千葉大学、千葉市が中心となって企画・運営されているプロジェクトです。千葉大学、敬愛大学の学生が多数参加し、運営を担いました。小学4年生~中学3年生を対象とし、2010年から少しずつ形を変えながら毎年開催してきました。子どもたちが「会社」を作り、企業のニーズを探り、ヒアリングを重ねながら、事業の企画・提案を体験することで、会社や経済の仕組みを学ぶプログラムです。アントレプレナーシップ(起業家精神)を育み、チャレンジ精神や働くことへの理解を深めることを目的としています。

JFEスチールの方と名刺交換

4つの会社に分かれて、JFEスチールに企画提案

西千葉子ども起業塾2023では「JFEちばまつりに来てくれたお客さんを楽しませてほしい!」をテーマに、2023年7月30日 (会場:JFEスチール)、8月1日、8月3日、8月10日(会場:千葉大学)と、4日間という時間をかけて、JFEスチールに提案する企画書を会社ごとにまとめていきます。

「はじめまして」からのスタートに緊張している様子だった子どもたち。最終日にもなるとそれを感じさせないほど和気あいあい。活発に意見を出し、話し合いを進める姿がありました。

熱のこもった話し合い

しかし、ただ企画を話し合うだけではありません。会社を運営するための資金調達から始まり、文房具や紙などの事務用品の貸し出し、デザイナーへのデザインの発注、税金の納付まで、子どもたちが全て行います。

しかも、それぞれのブースで待つのは「本物の社会人」たち! 例えばお金の融資を受けに行く際は「西千葉銀行」のブースに行きますが、ブースを担当しているのは「本物の千葉銀行の銀行員」です。子どもたちは実際に銀行で働いている大人相手に書類を提出し、融資の相談をします。同様に千葉東税務署からも職員が来て税務署を開設。子どもたちは納税をしました。

千葉銀行から来た社員の方(中央)

西千葉子ども起業塾に関わる大人たちは「子どもたちを一人前として扱う」ことを基本的な考え方としてもっています。子どもたちもそれに応えるように、「一人前」の社会人として、マナーを守り、自分たちの事業の必要性を考え、大人たちに伝えていました。

千葉東税務署から来た職員の方

自分の強みを生かして働く経験

会社のなかでは、社長、副社長、企画部長、経理部長といった役職につき、それぞれの仕事を行います。社長に求心力があり、社員を積極的に引っ張る会社もあれば、社長も社員も別け隔てなく一緒に企画を練っている会社もあり、その様子はまさに「小さな会社」。役職についていなくても、自分が得意な分野を手助けする姿もありました。

「算数やお金の計算が得意だから、経理部長に立候補した」と話してくれた子は、丁寧にお金を分けて給料袋に入れ、電卓片手に決算書を作成し、いきいきと働いていました。

文章を書くのが得意な子は、最終発表に使用する原稿にびっちりと企画の良いところを書き込んでいきます。スキマ時間を使って少しでも魅力が伝わるようにと原稿をブラッシュアップしている姿が見られました。

各会社は、何でも屋さん「NISHIYA」のサービスを利用する

パンフレットに載せるオリジナルキャラクターを生み出している会社もありました。デザイナーに発注し、自分の作ったキャラクターが実際に印刷されているのを見た子どもたちは「わあ!すごい!」とキラキラした目。自分が考えたものがプロの手によってカタチになる感動を体験できたようです。

「自分の得意なことはなにかを考え、さらにそれをそれぞれに活かして1つのものを作り上げる」という経験は子どもたちにとって貴重な機会になったことでしょう。

それぞれの会社、社員である子どもたちの想いが詰まった企画書。いよいよ提案です!

プロのデザイナーの方(中央)に依頼をする

ドキドキ、緊張の提案タイム

いよいよ、会社ごとにまとめた企画書・デザイン資料・予算表をJFEスチールに提案します。

ドアをノックして「失礼します!」と挨拶すると、緊張した面持ちで礼をして入室する子どもたち。作り上げた企画書をもとに、企画について説明します。

ヒアリング、商談を経ての提案。JFEスチール側も真剣です。「JFEちばまつりで本当に実現できるのか?」「JFEスチールのことを広く知ってもらえる企画なのか?」という視点で、説明を聞いていきます。

時には、子どもたちが想定していなかった質問が飛んで来ることもあり、協力して会社の考えを伝えていました。

考えた企画を提案する

一喜一憂! 評価・報酬を受け取る時間

ドキドキの評価の時間を迎えました。A~Dの4段階の評価に応じて報酬が支払われる仕組みです。会社ごとに面談室に呼ばれ、提案した企画の評価と報酬を受け取ります。

「斬新なアイデアで、鉄が使われる事例も伝わってきます。ゲームとしてもおもしろいです。実現できるか検討したいです」

「デザイン案が一緒にあると、もっとイメージが湧いて評価が高くなったかもしれません」

「ちょっとありきたりな内容なので、このままでは使えません」

JFEスチールからの本気のコメントに、子どもたちも真剣に聞き入り、内容をメモします。

最後まで一生懸命に企画内容をブラッシュアップしていた会社の企画評価がCとDになり、落ち込みながら退室していく場面もありました。

先程も述べたように、西千葉子ども起業塾では「子どもたちを一人前として扱う」ことを基本理念としています。「子どもたちも頑張っていたから、おまけしてあげよう」というような温情は入れません。だからこそ、子どもたちも真剣に企画を考え、大人たちにぶつかりにいき、本気だったからこそがっくりと肩を落とすくらい悔しい気持ちになれるのだと思います。

完成した企画

お金の計算の時間は真剣そのもの

受け取った報酬をもとに、銀行から融資を受けた事業資金を返済し、税金を納め、社員にお給料を渡します。最終決算です。経理部長を中心に電卓を叩きながら帳簿を埋めていきます。4つの会社のうち、2社が黒字、2社が赤字という結果になりました。

報酬を受け取る

お給料を使う時間でわいわい!

最終決算が終わったら、お楽しみの時間です!もらったお給料を使い、学生たちが企画した縁日イベントで盛り上がりました。この4日間一生懸命にそれぞれの役割を務めあげてきた子どもたち。「自分で稼いだお金を自分の好きなことに使う」という経験も大事ですよね。お給料でのびのびヨーヨー釣りやゲームを楽しむ姿は本当に楽しそうでした。

運営の学生たちも、子どもと関わっているときの笑顔がまぶしい!子どもたちの教育だけでなく、学生たちの生きた学びになっているのだと感じます。

お楽しみの縁日。自分で得た報酬で遊ぶ

4日間の集大成! 閉塾式

千葉市長や保護者の方も集まるなか、各会社からスライドを使った最終報告会が行われました。

▼最終報告会での発表内容
・考えた企画
・一番評価が高かった企画の説明
・決算(利益・赤字)
・社長から感想

赤字だった会社の社長からは「現実の厳しさがわかった」というコメントがあったり、黒字だった会社の社長からも「仕事をふるのがうまくできなかった。自分が得意なことは自分が担当して、他の作業はそれが得意な人に分担すればよかった」という改善点があがったりと、4日間の学びが凝縮された発表となりました。

保護者の方からも、大きな利益が出た会社に対して「おおー!」という声があがったり、いいアイデアに対して感心して大きくうなずいたりと、お子さんの成長を感じられる時間になったのではないかと思います。

できた企画を発表する
来賓も見つめる中、堂々と発表
千葉市長も来場した

なお、今回JFEスチールに提案した企画については、実際に採用され、2023年10月22日(日)に開催予定の「JFEちばまつり2023」にて実施される可能性があります。

運営に関わる方々からのメッセージ

千葉大学教育学部学部長・藤川大祐教授

西千葉子ども起業塾は、2010年から千葉市と千葉大学との連携でスタートしたキッズアントレプレナーシップ教育イベントです。小中学生が会社の経営体験を通して、会社や経済の仕組みを学びます。

プログラムを考えるにあたり、せっかく学校外で学ぶ場なので、学校的ではない仕組みにしたいという気持ちがありました。多くの大人は、地域のため、仕事のために働いている人たちです。誰もがみな学校の先生たちのように「教育のため」に働いているわけではありません。「教育のため」以外で働いている大人たちと関わり、活動に参加することに価値があると考えています。

子どもたちにとって、学校の先生や親以外の大人と過ごす機会は少ないです。しかし、違うタイプの大人と接していないと自分がどう生きていけばいいのかは見えてはきません。西千葉子ども起業塾の中で「さまざまな年長者と関わりをもつ」ということだけでも、彼らにとっては大きな意味のあることです。

これは企画・運営を担当する学生たちにとっても同様です。自分たちで企画を考え、企業と連絡を取り合ってイベントを運営する経験は、教育実習とはちがう学びになります。これから新しい教育を作っていくためには、違う発想も身につけてほしいという願いのもと、学生による運営という形式を続けています。

起業家精神は「自分たちの頑張りによって、誰かに喜んでもらえる楽しさ」によって育まれます。自分が頑張ったからそれでいい、ではなく、誰かの役に立っていることを実感する機会をもつことが大切なんです。この気持ちは、起業する人だけでなく、誰にでも必要なことだと思います。

西千葉子ども起業塾は今年で14年目になり、だんだんと歴史が積み重なってきました。最近では、アントレプレナーシップ教育の世間的な認知度も高まってきています。西千葉子ども起業塾に限らず、さまざまなタイプのアントレプレナーシップ教育が広がっていってほしいです。より多くの子どもたちがアントレプレナーシップ教育を受ける社会になることを願っています。

藤川大祐先生

西千葉子ども起業塾 2023年度プロジェクトリーダー・榊原彩さん

私は教員を志望して教育学部に入りました。入学当初は「こんな子になってほしい」「こんな先生になりたい」という夢を抱いていましたが、現場を知るごとに理想と現実との差を感じることが大きくなりました。「理想論は理想論でしかないんだ」という諦めの気持ちが生まれていたんです。

今回運営として参加した西千葉子ども起業塾は、学校とは違う環境で、自由にやらせてもらえる場所でした。子どもたちの力を信じよう、失敗しても大丈夫、という方針です。だからこそ、私たちも子どもを信じていろいろなことにチャレンジできました。

西千葉子ども起業塾は「4日間で開催する」という大枠だけが決まっていて、企画の中身や運営方法はその年の運営を担当するメンバーに任されています。その年の方針や前年度からの引き継ぎなどによって、やり方が大きく変わります。

具体的には、昨年度までは入門コース・発展コースの2種類が用意されていましたが、今年度は発展コースのみの開催に変更になりました。運営メンバーについても、例年とは異なり、千葉大学教育学部以外からも人を募っています。千葉大学以外の人、教育学部以外の人と取り組んだことで、教育学部の学生たちだけでは見えなかった課題点や新たな気づきを得ることができました。

チームの編成方法、仕事の割り振りも変えたこともあり「多くの人の力を借りて作り上げた」という実感のある企画になったと思っています。多様な視点から意見が出たことで、濃い4日間になりました。

そしてそんな濃密な経験を通して「学校現場でも、やり方によっては、起業塾のような『やりたいと思っている教育』ができるのかもしれない」という思いが湧いてきました。今私の中には、夢を持ちたい、理想を追いかけてみたいという、入学した時のキラキラした気持ちが溢れています!

西千葉子ども起業塾は、大人も子どもも学生も、誰もがみんな真剣に学びに向き合える場所。この経験は、参加してくれた子どもたちだけでなく、教員になってからの私の糧になると確信しています。

榊原彩さん

西千葉子ども起業塾 2023年度塾長・中村壱咲さん

授業を毎日行う教員という仕事においても、企画力は大事なスキルです。いかにして目標を設定し、子どもたちにどんな理想の姿を目指してもらうか? それに向けてどんな企画をすればいいか? そんなことを考える力がついたと思います。

西千葉子ども起業塾では、運営は学生に任されています。僕たち学生が今年のミッションをなににするかをまとめ、JFEスチールさんにプレゼンし、企画内容を詰めたプロセスは、子どもたちが行なったものとほとんど同じです。僕たち自身、アントレプレナーシップ教育の勉強になりました。

4日間の開催期間中は、各日が終わったあとに必ず学生同士で意見を交わす時間を設けていました。その日の反省を踏まえて、翌日以降の活動をブラッシュアップしていたんです。

例えば、会社内でおたがいの強みを把握できる「キャラクターストレングス」の導入です。2日目の終了後、自分の長所をうまく出せていなかったり、モチベーションが下がってきた子がいるように感じられる、との意見が出たことをきっかけに生まれた企画で、3日目に実施しました。

大切なのはリーダーシップやプレゼン力など、表に出る力だけではありません。24の強みを示すことで、自分なりの頑張り方、それぞれの頑張り方があるんだよというメッセージを伝えたかった。

「あの子は事務が得意だからお願いしよう」「私は今日はこれを頑張ろう」と、自分の得意なことを活かして活躍してくれる子が出てきたのが、4日間での大きな成長の1つだと感じています。

最後の評価と報酬を受け取る時間では、子どもたちの頑張りが報われない場面もありました。ですが僕としては「悔しい」と思ってくれたことが嬉しいです。本気で向かってくれて、前向きな悔しさを味わってもらえた証拠ですから。

「楽しい」も「悔しい」も、大人も子どもも一人一人が真剣に向き合ったからこそ得られた経験だと思います。悔しい!と思った子には、ぜひリピート参加してもらいたいです!

中村壱咲さん

Seedlings of Chiba事務局長吉川 亮さん

Seedlings of Chibaは、アントレプレナーシップ教育の認知を組織的に拡大するために活動しています。西千葉子ども起業塾は、その取り組みの一環です。

私が教育に関心をもったのは、就職活動に疑問をもち、自分の人生にとって正解なのか?と考えたことがきっかけでした。「人間的な成長や幸せを感じること」や「自分の好きなことを探求し、成果を得て、喜びを感じること」をサポートしたいという想いが強く湧いてきたんです。自分の意思で決断し、アイデアを形にする……若いうちからそういった経験を積める場所を作りたい。そんな願いのもと、教育事業を手掛けるプロシードジャパンを設立しました。西千葉子ども起業塾には、初年度の2010年から参画しています。

西千葉子ども起業塾のなかで大事にしているのは「大人がいかに真剣に向き合うか」。大人から「いいものを提供してくれるはず」と期待をかけると、子どもたちはその期待に応えようと真剣に取り組んでくれます。立場があると、そのポジションの中で責任を全うし、チームを作り上げようと動いてくれる子もたくさんいます。

そうやって作り上げられた企画・提案に対して、大人たちも真剣に評価を考えます。提供するのは「社会において受ける自然なフィードバックを受けられる環境」です。子どもたちは忖度されず、社会のなかでの自然な評価をされつつ、感謝の気持ちも返されます。実際の社会のなかでの循環を子どもたちに体験してもらっている形です。

これからも私たちは、どんな場所でも、あらゆる人が、さまざまな触れ方ができる企画を考えて実行していくつもりです。

例えば「学校現場でアントレプレナーシップ教育を受けられる環境を提供する」などが想定できます。実際に、先生方へのサポートを我々が行なったり、出前授業を提供したりという取り組みもスタートしています。今後は公共の場所や家庭のなかなどにも取り入れ、一般の方向けの啓発・認知を広げられるように活動を続けていきたいですね。

今の学校教育ではテストの成績で未来が決まりやすいですが、人の力はそれだけではありません。成績以外で自分を評価できる環境を作りたい。その想いの実現を目指しつつ、アントレプレナーシップ教育を誰もが受けられる世界にしていきたいです。

吉川亮さん

西千葉子ども起業塾のもたらす新しい学び

アントレプレナーシップ教育が少しでもたくさんの人に広がってほしいという願いのもと、毎年開催されている西千葉子ども起業塾。参加した子どもたちは活動を通して「自分たちの強みを生かして誰かに喜んでもらう体験」ができた4日間になったことと思います。実際に子どもたちからも「会社の仕組みがわかるようになった」「起業塾に参加したからこそ学べたことをこれからも活かしたい」という前向きな感想が溢れていました。

自らの意志をもって自分の人生を切り拓く力」の育成に向け、西千葉子ども起業塾は毎年進化を続けています。

主催:ちばアントレプレナーシップ教育コンソーシアム Seedlings of Chiba
協力:JFEスチール
参加大学:千葉大学、敬愛大学、千葉経済大学
参加企業・団体:千葉銀行、千葉東税務署、303BOOKS、プロシードジャパン
自治体:千葉市
その他多くの個人のボランティア参加がありました。

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